UEDA
越後湯沢駅から15km、25分
宿場町の面影を残す旧街道。
「日本」を探す旅の拠点に。
200年受け継がれた本家を再生
古材と骨董が彩る、
唯一無二の滞在
江戸時代、越後と江戸を結ぶ主な道は、上杉謙信が整備した清水峠を越えるルートでした。現在では関越自動車道と三国峠(国道17号)がその役割を担っていますが、かつての往来の賑わいは、清水峠へと続く集落の佇まいからも想像することができます。この地に建つ『UEDA』もまた、当時の繁栄を象徴する大きな屋敷のひとつ。本家として代々受け継がれてきた家です。しかし、家督を継ぐはずだった長男は都市へと移り住み、長年にわたり地域の方がその手入れを担ってきました。庭の整備、家の風通し、そして厳冬期の除雪まで——維持には多大な労力と費用が必要でした。やがて解体の話が持ち上がったとき、「長年見守ってきたこの家が壊されてしまうのは、あまりに惜しい」と、管理を続けてきた方が私たちに声をかけてくださったのです。建物は時代ごとに幾度も増築されており、最も古い部分は江戸中期、200年以上前の建築と推定されます。最も新しいのは昭和期の洋風建築でしたが、今回はこの増築部分を撤去し、明治·大正以前に建てられた築100年以上の古民家部分のみを再生しました。次の100年もこの地で生き続ける建築を目指して、外断熱による先進的な断熱工法を導入。わずかなエネルギーで快適な室温を保ち、隙間風を防ぎながらも、土壁や梁など、昔ながらの意匠はそのままに活かしています。『ATEMA』と同時に改修を進め、両プロジェクトから出た古材を建材や家具として再利用。サステナブルかつ快適な再生古民家として生まれ変わりました。空間にさらに趣を添えるのは、代々大切に受け継がれてきた骨董の数々。佐渡の箪笥、古伊万里、漆器など、日本の美意識が息づく調度品と名作家具が共鳴する空間で、心に残る唯一無二の滞在体験をお楽しみください。
佐渡の箪笥、古伊万里、漆器…。
受け継がれた骨董とともに
時を旅するように過ごす。
『UEDA』が位置するのは、かつて「上田庄(うえだのしょう)」と呼ばれた歴史を持つ地。上杉謙信が関東へ進軍した際に越えたと伝わる清水峠への旧街道沿いに位置し、今もなお宿場町の面影が色濃く残る地域です。清水峠は「直越(じきごし)」とも呼ばれた軍用路として重要視された道で、現在も「謙信尾根」という名が残る、歴史ロマンを感じさせる場所です。またこの地域は、北前船の舟運により各地の工芸品が集まった文化の交差点でもあります。信濃川の支流、魚野川を通じて九州からは古伊万里、能登からは漆器、京都からは玩具、佐渡からは箪笥が運ばれてきました。『UEDA』は、日本百名山・巻機山の麓に広がる歴史ある集落に、歴史に抱かれるように佇む『The House Collection』のなかでも大型の古民家。築100年以上の古民家を、伝統と現代が共存する新しいリゾートとして再生しました。周辺には「八海山スキー場」や「上越国際スキー場」、「舞子スノーリゾート」などが点在しており、スノーアクティビティの拠点としても最適。いずれも車で20分圏内にあり、アクセスも良好です。