里山十帖の「理想」を楽しむ
実験的な試みが館内所々にみられ、
日本旅館として新鮮な印象を受ける。
これからの宿泊施設の「理想像」や
「夢」の提案の場所。
旅行作家
竹村節子
東京都出身、(一財)自然公園財団理事。群馬県自然環境保全審議会(温泉部会)委員、石川県景観審議会委員など多数の委員を努める。平成17年、環境省より第24回温泉関係功労者として大臣表彰を受けた。温泉、旅行関連の著書約50冊。
古民家を旅館として活用する宿は、全国に何軒もある。多くは江戸や明治期の建物を移築再生したもので、その豪放な木組みや吹き抜き天井の空間など、日本民家の〝用の美〟を再認識させる利用の仕方だ。
里山十帖も越後の豪壮な古民家を移築した宿ではあるが、建物自体を楽しむだけに止まらず、宿での過ごし方、ライフスタイルの提案をしているところに大きな特徴がある。
例えば古色蒼然とした柱や梁の通る中二階のラウンジに、高名な現代作家の家具を入れて、新旧デザインの調和をコーヒーを楽しみつつ体験できたり、客室の部屋着やリネン類をオーガニックコットンでそろえ、これも使い心地の良さを納得した上でショップで購入する事が出来る。
経営のベースの一つに〝健康〟がおかれ、有機農法で作出された旬の食材や裏山で採集される人の手のかからない山菜、草木の実や茸類を出来るだけいじらずに提供する努力を惜しまない。大皿にグリルした蕪がごろりと出てきたり、20センチ以上もある山採りの焼き独活をそのまま盛りつけて出したりと、従来の日本食の決まりに縛られない演出の大胆さにも〝あっ〟と声を上げてしまう。
都会慣れしたシニアには故郷の山河への望郷の思いとともに、自然を食するという健康への安心感を抱かせてくれる。また、ジャンクフードに慣れ切った若者には日本食への驚きと新しい食べ方を体験させてくれるはずだ。こうした素材の持つ美味しさと食の安全をベースに置いた献立が、この宿ならではの大きな魅力の一つになっている。
貸切りも出来るもう一つラウンジ「hito-bito」ではバータイムが設定されていて、無料でアルコール類をたしなみながら、白い大壁をスクリーンに見立てての映画鑑賞や読書を楽しむことができる。大きな一部屋がオーガニック製品やライフスタイルの提案ショップになっている「THEMA」では作家ものの家具や、テーブルウエア、自家生産の有機食材の商品が並んでいてギャラリーのよう。買う買わない以前に、時間のたつのを忘れて商品知識の学びの場となっている。
こうした実験的な試みが館内所々にみられ、日本旅館として新鮮な印象を受ける。それは宿に泊ったとき、「こんな事が出来たらいいのにナ…」と客の側が思うところを、丁寧に実現して見せているからだろう。
こうしたことは旅のプロとして日本の宿をたくさん見続けてきたオーナー・岩佐十良さんが、これからの宿泊施設としての「理想像」や「夢」を、里山十帖というご自分の宿を実験場として温泉と健康ライフを試し、提案しようとしておられるからではないか、と勝手に推測している。
しばらくはオーナーの夢の実現を、客として楽しませていただこうと思っている。
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